ヒーリング作家 ももはな

日々、愛のマントラをかいています。


尊い存在

  1. 2017/11/07(火) 12:47:49_
  2. 日記
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わたしたちには、自分で自分を癒す力も備わっており

自分の心や魂と向き合う術も誰しも持っている

外の世界とのかかわりにおいて、

自分自身で自分の道を選ばないといけない

誰かが決められるものではない

沖縄で、ユタ通い という言葉がある

わたしもユタに二度ほどみてもらったことがある

彼女たちの言葉を聞きながら、

神聖な神々の言葉というものや、

それがどこからやってくるのだろうかと観察していたりした

ユタ通いというのは、沖縄独特のもので

古い家には特に、専任のユタが決まっていて

何かあるたび、引越し、結婚、仕事など含めた

人生の転機など、生活に起こる問題などもユタに聞くというものだ

ユタも、承知していて、いろんな話をしてくれ、決め事などもユタが決めたりする

これは、高額になっていく場合もあるから

ユタ通いというのは、いい意味で使われることはないような言葉だ

何かあればユタに聞き、それを信じ、鵜呑みにして決める

間違いがない、あのユタは本物だと、そう判断して聞きにいく

これは、沖縄だけでなく、全国にあるのかもしれない

庄内でもよく聞く話

何かあると、そういう人に聞きにいったり、

全部当てられたと嬉しがっている人をみたことがある

どうしてだろうか。不思議で仕方ない。

どうして、自分の神様に聞かないのだろうか。

それが不思議でならない。

宗教の話ではなく、自分の中にいる大いなる神の存在は、

誰のどんな言葉や、神聖とされるものごとよりも、

確かで、力強い存在なのに。

そういうと、そういうものと話す力があたしには無いから、と言う。

そうだろうか

試したのだろうか

どんなふうに

自分という存在がどれほど優れていて

どれだけ大きな存在であるかということをわかっている人は

ユタ通いする必要がないかもしれない

けれど、

自分の中にいる大きな神の存在は、

きっと、いつも「わたし」と交信したがっているはずだ

それだけではない

天使や、自分を守護してくれている存在たちも、

直接交信したがっているはず

きっと、誰もの自分を守り導いてくれている神様は、

あなたと交信したがっている

外に求めてしまう心をいったん、置いて

自分の中の存在に耳をすませて、

その声がやってくるのを、信じる時間を設けてみてはどうだろうか

あらゆる方法で交信はできると想う

いつも上で守ってくれている天使たちも

気にかけてくれるだけで、いつも大喜びするから

自分の心が決める

人に明け渡さない

自分をありのまま許す


自分とつながりが深くなるごとに

答えは、向こうからやってくる

すべての生命の中で

自分とはどれほど尊いものであるか

その道を歩み始めると

世界は輝き、色彩が増してゆく。

















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マイナスな感情の解放法

  1. 2017/11/07(火) 11:59:36_
  2. 学んできたこと
  3. _ comment:0
許すということ

で、わたしの体験談をお話しましたが、

積年の想いなどではなく、

その日湧いた怒りや、マイナスな感情がでてきたとき、

すぐにその日に対処できる方法というのもあります。

※※※※※※※※

なんとなくでも、嫌いな人というのがいるとき、

その人のまずどこが嫌いですか?


○○なところ
○○しちゃうところ
○○してくれないところ

○○・・・



どんどんあげていくとき、なぜかそれとよく似た人はいませんか?という時がある。

そう、


それは、自分。

自分の嫌だと苦手としている部分を持っている相手の部分をみつけて

○○さんの○○なところが嫌だ

と想っているときがある。


また、違うケースでは、

自分が禁止していることを、相手はやっている場合。

★子供いるのに、置いて夜飲みにいくなんて!

みたいなとき。

自分は子供を置いて、夜友達同士でのみに行くことは行けないことだと、想っているのに、
○○さんは、それをしている。

自分で自分に禁止していることを、相手がやっているとき、

禁止している項目が、解放されたくてウズくので、○○さんといると嫌な気持ちになる。

という場合もある。



では、特定の人に対して感情が現れたとき、どうしたらいいか。

★紙に感情をかきなぐっていく。

どんな荒っぽい言葉でも、汚い言葉でもいいので、
その人のことで感じたこと、想ったこと、思いついたことを
気の済むまで書いていきます。
そして、書いたものは、最後に×をして、キャンセルと書きます。
その紙は捨ててしまってOKです。
毎回同じように感情が表れて、もやもやしたときに、
その日の夜でも書きなぐっていきます。
すると、

毎回書いていくと、自分の性格が見えてきます。
わたしは、こういうことされると嫌なんだなとか、
わたしは、こういうことがあると、こう想っちゃうんだなとか、
そういう気づきが見えてきます。
それが、どういう気づきでも、わたしってこういう側面があるんだと
ただ受け止めるだけでOKです。
そのうち、あ、またこれが出てきたとわかってくると、
紙に書かなくても、わかるようになってきます。

これが、この作業のギフトです。


★相手に手紙を書く

これは、相手に自分が想っていること、気持ちを正直に書いていくものです。
投函しなくてもいいものです。
ただ、相手に気持ちを伝えるという行為が大切です。
わたしは、家族にやったことがあります^^

★風船をとばす

相手やその問題を頭のイメージで風船の中にいれ、その中にを入れて
空へ飛ばしていきます。
風船の紐には、相手やその問題に付随することもポロポロとついてきて、
風船が空へどんどん高く飛んでいくのに、続いて、
それに付随した記憶や感情や、エピソードなども、紐にくっついて
空へ飛んでいきます。
風船が見えなくなっていき、紐についていたゴチャゴチャも、最後のひとつが、
心から抜け出して空にあがっていったら、終了です。


★パッキングして、川に流す

その問題や、相手への感情や、相手の顔などそのものを、
パッキングするイメージをして、目の前に川を想像して、
そこに流していきます。


※※※※※※※※

いろんな方法があり、相手へ直接言えない場合には、
イメージ療法があります。
イメージしづらい人は、書くという行為が一番効き目があると思います。

パッキングして、川に流すという方法も、

それのみで、何かの問題解決になるかと言えば

現実的にはならないのですが、

この方法は、あたまの中に浮かぶ雑念=感情の処理の仕方に役立ちます。

気持ちいい感情も、マイナスと想う嫌な感情も、

どちらも、本当は、ただの雑念なんですね。

頭の中にある、誰かの目、口、誰かの耳というのも、

イメージワークで、消していったりするうちに

それが雑念だったとしてとらわれなくなっていくようになる。

毎日の訓練もありますが、

できる範囲で、怒りや、許す感情と向き合うツールとして、

何かのときに、取り入れてみてもいいかもしれませんよ^^









許すということ ②

  1. 2017/11/07(火) 11:21:49_
  2. わたしのこと
  3. _ comment:0
許すということ ①

つづきの話。


毎日、あれやこれやと昔のことを思い出しては、本当に

心の中で、夢の中でも、父を殴っているわたしがいたりした。

許せない気持ちのやり場がない。

祈るような気持ちで、どうか、この感情から抜け出させてください。

もはや、父がどうとかいうよりも、

自分の感情から自分が楽になりたい。

その気持ちが最高潮に達したとき、そのとき、まさに、新宿のアーケードを歩いていたときだった。

ふと、

幼い5歳くらいの父が現れて、わたしを追いかけてくるような場面が現れて、

わたしは、その幼い父に何か言い聞かせて、彼をなだめると

家を出て行ったのだった。

継ぎはぎだらけのこ汚い着物を着た幼い父。

それを置いて、家を後にしていく着物姿のわたし。

瞬時のそれが、過去生だとわかった。

ドラマ「おしん」の幼少期のような家と着物姿だった。

家はまずしくて、わたしは自分の子である幼い父を人に預けて

出稼ぎにいったのだった。

しかし、迎えにいきたかったけれど、経済的にもそれが叶わず、

幼い父は、そのままわたしに、 「裏切られた」

という思いを残したまま、世を去ったのだった。

しかも、子供のうちに亡くなっているっぽい。

それが、新宿を歩きながら、パラパラと頭にやってきて、

いろんな情報を瞬時に伝えられた。

わたしは、このシーンと、父がわたしに裏切られたと思って憎んだ感情が

手に取るように、わかって、

当時のわたしは、裏切ったわけではなかったけれど、

結果的に迎えにいくことができずに、彼にその感情を抱かせたということがわかった。

幼い父の感情を理解したとたん、

ものの見事に、わたしの心にあった、「許せない」気持ちが

ポンと消えうせた。

あのとき父が体験した感情を、今生で、わたしが体験させられている。

裏切られた、許せないという気持ち。

どうして、父が小さい頃からわたしだけに、いつも八つ当たりしていたのか、

どうして、あんなにも、人の気持ちがわからないほどに、根が幼いのか。

そういったことが、まるっとひっくるめて、ポンと抜けたのだった。

心には、もう「許せない」感情はなくなっていて、

その代わりに、長い時間を経て、撒かれた種を摘み取ったような

大きなものを感じていた。

そして、

「許す」 ということは、 「許してもらうこと」 と同じことだなとわかった。



怒りの解放の仕方にはいろいろあるし、

それでも解放できなくて、

とても根が深く苦しいと思うようなとき、

それは、いまの自分じゃわからない理由があるかもしれない。

そのたびに、過去生をさぐればいいのかということではないのだけど、

このことで、学んだのは、

人が人を許すということも、許してもらうということも、元は同じことなのだなと思うようになった。

わたしの場合、運よく昔のことが思い出されたと思う人もいるかもしれないが、

本当は、昔のことを思い出さなくても、

「人を許す」ということは、

そのテーマにおいて、どれだけ神聖な仕事をしているかということ、

許せない感情に苦しむのも、自分自身であるし、

許してもらえないと悩む人も、また同じように苦しいだろうし、

どうして、その縁が、そのようになったかどうかというのは、

いまの自分には、わからないことがたくさんあるのだと思った。

だからこそ、その渦中にあるときこそ、

許せない感情を持つことも、許してもらいたいと思うことも、

どちらも、同じくらいに

神聖な作業をしているのだと、

まず、苦しい自分を褒めてあげたいと思う。

そして、話してわかることなら、会話をし、

そうならない場合のとき、あくまで、どんな感情を持った自分を責めることなく

いま、必要に訪れて、それを学んでいる最中なのだと

その学びの偉大さのことを、想って

自分責めることなく、感情が解放に向かうように、

日々、ひとつひとつを慈しんでうけとめていければと想う。

苦しみは、必ず抜け出せるときがやってくる。

そして、そこに大きなギフトが必ず待っていると知っている。

毎日、すべての感情、お疲れ様。

そして、ありがとうと想う。













許すということ ①

  1. 2017/11/07(火) 10:54:49_
  2. わたしのこと
  3. _ comment:0

嫌だなと思うことには、いろんな理由がある。

相手のどこに反応して、自分がどんな感情にあるのかを確認しなければ

わからないことがある。

許す・・・ということには、本当に深い意味があるなと思う。

そして、許せない気持ちから、許すに至るまでには、たくさんの葛藤があるし、

自分じゃどうにもできないと思うこともあるかもしれない。

わたしが、いままで本当に許せなくて、その許せない気持ちのはけ口がわからずに

苦しかったときのことをお話したいと思う。

もし、いまそれで当時のわたしのように苦しんでいる人がいたら

何かの役にたてればと思う。

※※※※※※※※※※※


二十歳くらいのときのこと。

わたしは幼い頃から、父と折り合いがうまくいかなくて、

婿養子でやってきた厳格な職人の家のしきたりなんかに馴染めないことや、

仕事でのイライラなどを、いま、思えば、父は、幼いわたしに八つ当たりしていたのだろうなと思う。

子供っぽくて、すぐにキレて殴ったり、人の傷つくことを平気でしたり、

いい父親だったかといわれると、お世辞にも言えない。

そういうこともあってか、思春期になると、まったく口を利かなくなり、

それが、18歳までにわけのわからない怒りが、膨れ上がっていき、

一旦は、東京に出て離れてみて、

父のことを許せたと思っていたけれど、二十歳になったときのこと。

お金の問題で、ひどい裏切りをされ、

やっぱり、この父親が許せない!!と思った次第だった。

東京と庄内と離れて暮らしているけれども、父の方は、やった側は、

わたしがどれほどの怒りと憎しみを持っていたかわからなかったと思うが、

わたしは、父にこの思いの丈を話したところで、だから何だ?とでもいうようにスルーされるのが

眼に見えていたので、自分で、「許せない」気持ちと

向き合い続けるしかなかった。

許せない気持ちというのは、最初のうちは、人に話して聞いてもらって、発散することもあるけれど、

根が深いようなときは、人に話してもあんまり意味がないことに気づいた。

なぜか、自分が苦しくなっていくからだった。

何年にもわたり、父のことで、許せない感情、怒りの感情と向き合っていくうちに、

どうなったら解決するのか、果たして父の性格が変わって、

わたしにいままでのことを心をこめて謝罪したら、それでこの気持ちが晴れるのか、

すら、わからなくなっていた。

とにかく、この重い、「許せない」感情から逃れたい。

この感情から、自由に抜け出したい。

そのとき、わたしに心を占めていたのは、それだけだった。




つづく

まるっと遊佐まつり

  1. 2017/11/04(土) 16:19:26_
  2. 日記
  3. _ comment:0
先日お話した、「ピンキーのマントラ展」

明日もやっていますので、ご興味ある方はぜひ、
遊佐生涯学習センター三階の茶道室まで^^

※※※※※※※※



地域新聞に参加しているため、部会の仕事で、
子供たちの玩具のあてものコーナーに配属された。


新聞をみてくれている人は、声をかけてくれたりするが、
ほとんどの人は、みていても、それを誰が書いたかわからないと思うので、
挨拶する程度だったりする。

玩具のあてものコーナーって
そんなに人くるの?っておもっていたら、

三つ椅子があり、運悪くわたしの座った右端の席というのが、

スーパーボール、文房具のくじ引きが横にある席だった。

すると、子供たちが何人かくじ引きをしだすと、
次々と自分もって感じでやってくる。

一回50円のクジ。

一度に5,6人くらいが、
一斉に、100円やら、50円やらをだして、

一回!だの、二回だの!

それから、クジを引いた子供が次々と、

自分は、何番だのいいだす。

恐ろしい席だった。
知ってたら、こんなとこ座らないよ!!

一時間くらいで、結構疲れてきて

隣の人に、「結構疲れますね」と苦笑い。

それから、二時間半くらいの間に、

何十人の子供たちをさばいたことだろう。
しかも、なぜか、あたし一人で

やる羽目に。
ここは、そういう席なの??

後からやってきた女性の方にも、ちょっと手が空いたときに

「すごい疲れちゃって」

と同情&ヘルプを求めると

「そうです。ここは、殺人的なんですよ」

とケロッ。><

子供たちは、クジ以外の話も、話しかけてくるので、
本当に、耳がいくつあっても足りなかったし、
なんなら、半ばスルーしつつ
だんだん口調も、

「ちょっと待ちな。」
「はい。お釣りが先だよ」
「ちょっと触らないで~」
「順番にして」

祭りの屋台のおもちゃ売ってるとこのオバちゃんみたいになっていった><

いつも子供ながらに、ぶっきらぼうで
言い方も優しくないし
すぐに触るなとか、言っちゃうオバちゃん怖かったけど

ああいうオバちゃんは、
こんな風にして出来上がるんだなと

理解した一日だった。笑


ちなみに、遊佐は、地域のイベントと学校のイベントが重なることが
すごく多い。
なんかの企みなのか?

今日は、ココの学習発表会だった。
午前中、学校にいき、出番を見おわると、すぐにセンターへ移動。
来年も掛け持ちスケジュールなのだろうか。

2年と、4年生は、午前中おこなった学校での学芸会を
午後は、祭りのイベント会場で披露していた。

劇団ばりに、
一日二回公演だった。








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プロフィール

ピンキー

Author:ピンキー
はじめまして、
ももはなです。

ヒーリングアトリエサロンをしています。

作品を作りながら、ヒーリングを行っています。

感じたことや、想ったこと、ふと湧いたことなどをつづっていきます。
ヒーリングのこと、自然療法のこと、
家族のこと、
そして、そのときどきで降りてくる言葉たち。

スピリチュアルな世界というよりも
精神世界の住人です。


☆いままで学んだこと


※エネルギーワーク
 臼井式霊気
 クンダリーニ霊気マスター
 シルバーバイオレットフレイム
 アバンダンディア豊穣の女神
 エンジェルリンク
 ライタリアンレイキ


※セラピー
 TCカラーセラピー
 インナーボイスセラピー
 


絵本や書籍を作ったりしています。
表現をしています。


魂の目的は、『つなぐ』こと。

宇宙と人とをつなぎ、魂の喜びをサポートできたらいいなと考えて
インナーチャイルドの癒しをメインにやっています。

前世では、いろんなことを体験してきたことを思い出しました。
そのときの話も、お話仕立てですこしずつアップしていきます。
そのときの同級生に会えたら、嬉しいです^^

桃の雫とばら色の今日に。
愛と感謝をこめて・・・桃花

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